独学できない!は勘違い!?

2020年5月22日

独学できない!という判断は、

独学をどう定義するか?で変わってきます。

なのに、その独学の定義は、実にあやふやなことが多いんです。

だから、

もし、あなたが、

  • 自分は独学できない。
  • 自分には独学は難しい。

そう思い込んでいるとしたら、

とても、人生を損していると思うので、

ぜひ、立ち読みしていってください。

独学を厳しくイメージしすぎ

独学のイメージは、

先生につかず、一人で黙々と本から学ぶ

これが、一番、一般的でしょう。

でも、別に独学だからって、

先生に一切、教えを請うてはならない!

という厳しい掟があるわけじゃないんです。

たとえば、

私は、初めて会社の決算を行った時、

書類を一目、見て愕然とした経験があります。

「いやぁ~わっかんねぇ~」と。

それでも、

「いやいや。もっと、じっくりやってみよう」

そう、気を取り直して、

ゆっくり、時間をかけて、一つ一つ、

税務署から送られてきた書類の説明を読みましたが、

それでも、3割ぐらいしか、埋められませんでした。

で、どうしたか?というと、

税務署に聞きにいきました。

この時、単に、

「書いてください!お願いします!」

と丸投げすれば、それは、独学ではありません。

でも、

来年からは、ちゃんと自分で100%できるように、

税務署の人に、教えてもらったのなら、

それは、ちゃんとした独学なんです。

ここを、どうも、勘違いしている人が多い気がするんですね。

天才じゃあるまいし、

人は、一人きりで、何でも学べるわけじゃありません。

もちろん、最初は、自分で必死に書籍やネットを調べたりして頑張ります。

でも、それでも、どうしても解決しない時には、

誰かに頼っていいんです。

独学できない!は勘違い?

独学とは、疑問を解決すること

つまり、独学とは、

自分の中の疑問を解決すること。

そう定義してもいいのかもしれません。

先生がそばにいるとか、いないとか、

カリキュラムがあるとか、ないとか、

シチュエイションは関係ありません。

自分から学ぼうと努力すれば、

おのずと、疑問が生まれます。

そして、その疑問を解決するために自ら行動をおこす。

その行動こそが、独学だと思います。

たとえば、

新入社員の中でも、

「はい。はい。」と返事はいいのに、

現実には、何もできない子と、

「いつのまに、そこまで覚えたの?」

という子がいますよね?

これだって、結局は、

独学の姿勢がある(能動的)か?ない(受身)か?だと思うんです。

独学の学は、学問の学ではない

ここまで、来ると、

「あれ?もしかして、独学って、私にも関係ある?」

そう思えてきませんか?

多分、今までは、

通信教育などの広告のイメージから、

独学の「学」=「学問」の「学」

そう思い込んでいた人も多かったはずです。

でも、独学ってね。

人が生きていく上で、生活していく上で、

間違いなく、必要なものだし、

意外に、多くの人が、

すでに、独学ができる人だったりするんです。

※人によって、度合いが異なるだけ。

まとめ

さて、いかがでしたか?

自分にはできないと思っていた独学が、

定義の仕方一つで、

多少なりとも、イメージが変わったでしょうか?

実際、

独学を、小さな分野だけに押し込んでしまうのは、

とても、もったいないことなんです。

なぜなら、

独学は、自分が能動的に生きるか?どうか?

ということに、とても、強く関わっているからです。

ちなみに、

能動的に生きることが何をもたらすのか?

については、エーリッヒ・フロムの言葉を借りたいと思います。

生産的な人物は、彼らが触れるすべてのものを活気づける。
彼らは自己の能力を生み出し、ほかの人々や物に生命を与える。
※生産的な人物とは能動的に生きている人のこと